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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
実のところついそこに、迎えのかごを待たせてありますゆえ、御容赦――」
そう、いい捨てて、雪之丞は、小走りに外へ出てしまった。
「感心なお方――」
「ほんとうに程のよい――」
見送りに出た芸者、女中が、そんな風に囁き合うのを聴き流し巷路の闇にまぎれ込むと、闇の夜風が、鋭く頬を撫でる。
あたりは、杜と、茶畑、市の灯りからはるかに遠い根岸の里だ。人ッ子一人に出逢いはせぬ。
木下蔭の暗がりで、長裾をぐっと引き上げ、小褄をからげ、お高祖頭巾をまぶかにして帯の間に手をやると、師匠が返してくれた一松斎譲りの銘刀が、体熱に熱くなって、一刻も早く血が吸いたいというように渇している。
――おまちよ、もうすこしすると、渇きを止めてやりますぞ。
身支度をすませて、細道に出ると、向うに、遠火事の炎が映っているように見えるのは、まぎれもなく、たった一度客すじから招かれて行った、新吉原の灯のいろに相違ない。
彼等が、そこを指して押し出す下ごころを知り抜いている雪之丞、とある杜かげにじっとたたずんで、時のうつるのを待とうとするのだった。
すると、ふと、その中に、むこうからトボトボと近づいて来た、細長い人影――雪之丞が身をひそめた、つい側まで来て、ピタリと草履の音を止めた。