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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
平馬は、わしの側について、十年あまり、剣技を学んだが、業よりも大事なものを、学ぶことが出来なんだ。雪之丞、彼が奪い去った一巻に、何が記してあると思ったか? 実はあの一巻――単に空の白紙に過ぎなかったのだ」
いつか、雪之丞は、師の前に、膝まずいていた。――師匠は続けた。
「わしの流儀には、不言不説を、旨とするのは、そなたたちも、よう知っている筈だ。奥義とて、文字に現せる筈もなし、それを強いて現し得たとしても、その一巻を、如何に御神霊の前なりとは言え、守る人もなきところに、捧げて置く筈があろうか? あの巻物は、何人のためでもない。わし自身の、増上慢を自ら誡めようための、御神霊への誓いだったのだ。とかく術者は、業を自得し、その名が世間に認められ、慕い寄る門下も、多くなればなる程、最初の一念を忘却し、己が現世の勢力を、押し広め、流派を盛んにして、我慾を張らんとし、秘伝の極意のと、事々しく、つまらぬ箇条を書き並べて、痴者を威そうとするものだ、わしとても、神ならぬ人間。――いつ何時、心が魔道に墜ちぬとも限らぬと、自誡のために、わざわざ白紙の一巻を、二柱の御神前に供え奉って置いたわけ。