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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
と、師匠は頷いて、
「してその、門倉とかいうお方は、余程のお腕前かな?」
「それはもう、一松斎先生が、一のお弟子と、お取り立てになった程の仁、まず何処へ出しても、引けをお取りになる方ではござりませぬ。わたしが、あの方の、暗中からの不意打ちを、どうやら防ぐことが出来ましたのは、何しろ、あのお方は、闇打ちは卑怯なことと、お胸の中で、何処か怯がおありでありましたろうし、それに、日頃信心の、神仏の御加護があったためでもござりましたろう。決して、油断も隙もなるお方ではござりませぬ」
と、雪之丞は、いつもの謙遜で答えた。菊之丞は、弟子の顔を見詰めて、
「そうじゃ、そうじゃ。いつもその謙遜を忘れねば、芸術も兵法も、必ず、至極の妙に達しることが出来るであろう。その志は、わし達のような年になっても、構えて忘れてならぬものだ」
などと、話しているところへ、来たのは、今度の座元、中村座の奥役の一人だった。
かたばみの紋のついた、小豆色の短か羽織。南部縞の着付。髷を細く結った、四十あまりの男は、丁寧に、菊之丞の前に挨拶して、
「大分、時刻が遅うござりますが、太夫元の方で、是非お耳に入れて、お喜ばせ申した方がいいと申しますので、出ましたが、――」