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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
この山ノ宿から、ぐっと離れた柳原河岸、――細川屋敷の裏手。町家が続くあたりに、土蔵造りの店構え、家宅を囲む板塀に、忍び返しが厳めしい。江戸三金貸しの一軒と、指を折られる、大川屋と言う富豪の塀外を、秋の夜の、肌寒さに肩先をすくめるようにして懐ろ手。吉原冠りの後ろつきも小粋な男が、先ず遊興の帰りとでもいうような物腰で、急ぐでもなく歩いていた。
その男が、遠い灯りがさすだけで、殆んど真っ暗がりな夜中の巷路に、ふと立ち停まって、件の大川屋の板塀の方へ、すっと吸い込まれるように身を寄せたその刹那、
「闇太郎――御用」
と言う叫びが、やや間を置いたところから聞えて、町家の庇合から、急に涌き出したように現れた、二つ三つの提灯の光。
吉原冠りの若者は、丁度いま、大川岸の裏塀に這い上って、忍び返しを越えようとしていた折も折この呼び掛けでじっと身を固くしたが、しかし、別に周章てるでもなく、
「うむ、執拗っこい奴等だな、御蔵前で見ん事、撒いてやったと思ったに、し太く跟けて来やあがったのか」
と、呟くと、そのまま、すうっと、下に降りて、板塀に後ろ楯。ぴったりと背を貼りつかせた。