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ゆきのじょうへんげ
雪之丞変化
三上 於菟吉
「朝日新聞」1934(昭和9)年11月~1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 344,083 字 · 673 页
一〇
心は澄み切り、魂はしずもっていた。
――じっと落ちつけよ! 雪太郎――じっと落ちつけ、大事のときじゃ。
彼は呪文のように胸の底で繰り返していた。
一〇
大喜利がにぎやかに幕が引かれると、雪之丞は、潮汲みの、仇ッぽい扮装のままで、師匠の部屋に行った。
「お目出とうござります」
「お目出とう、御苦労だったの」
とてお互いに、初日をことほぎ合ったあとで、雪之丞、手を突いて、
「さて、わたくしはこれから、お客衆にまねかれまして、柳ばし、川長とやらへまで、顔出しをいたしてまいるつもりでございます。おゆるしが願わしゅう――」
「ほほう、それはありがたい御贔屓だの。して、どのような筋のお客さまだな」
菊之丞は、わが愛弟子が、江戸人から歓迎されるのを聴くのが、一ばんうれしいというように目顔に微笑をみなぎらした。
雪之丞は、きわめて落ちつき払った、さりげない調子で――
「土部さま御一行からでござりますとのこと――」
「ええ、土部から?」
かえって、師匠の瞳に、不安と恐怖とがきらめいた。
「して、そなた一人、よばれましたのか?」
「はい、わたくし一人、お名ざしでござります――が、かまえて、悪しゅうはふるまわぬつもりでござりますゆえ、御懸念には及びませぬ」