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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

ワーッという声のなだれ、かかれ、かかれと、ののしる叫び。すさまじい山つなみは、よせつかえしつ、満山を血しぶきに染める。

一介の若僧にすぎない忍剣のこの手なみに、さすがの黒具足組も胆をひやした。――知る人は知る。忍剣はもと、今川義元の幕下で、海道一のもののふといわれた、加賀見能登守その人の遺子であるのだ。かれの天性の怪力は、父能登守のそれ以上で、幼少から、快川和尚に胆力をつちかわれ、さらに天稟の武勇と血と涙とを、若い五体にみなぎらせている熱血児である。

あの眼のたかい快川和尚が、一山のなかからえりすぐって、武田伊那丸と御旗楯無の宝物を托したのは、よほどの人物と見ぬいたればこそであろう。

新羅三郎以来二十六世をへて、四隣に武威をかがやかした武田の領土は、いまや、織田と徳川の軍馬に蹂躪されて、焦土となってしまった。しかも、その武田の血をうけたものは、世の中にこの伊那丸ひとりきりとなったのだ。焦土のあとに、たった一粒のこった胚子である。

この一粒の胚子に、ふたたび甲斐源氏の花が咲くか咲かないか、忍剣の責任は大きい。また、伊那丸の宿命もよういではない。

世は戦国である。