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しんしゅうてんまきょう
神州天馬侠
吉川 英治
「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页
四
「なに、武田伊那丸だッて」
「ウム、てめえもうわさに聞いていたろう」
いま、船は加賀の北浦に沿って、紅帆黒風のはためき高く、いよいよ水脚をはやめている。
四
龍巻の九郎右衛門は、杯の南蛮酒をゴクリと乾し、呂宋兵衛へもついでやりながら、
「ふウむ、そいつはふしぎないんねんだ……」
とうめくようにいったものである。
「じつは兄貴、うわさどころかこの龍巻も、あの伊那丸のやつと、家来の小幡民部という野郎には、ひどい目にあわされたことがあるんだ」
と、紅帆船以前のことを、無念そうに語りだす。
それは、かれが東海をさかんに荒していたころ――といっても古い話ではない、伊那丸が忍剣にわかれて、弁天島から八幡船のとりこになった時のこと――
穴山梅雪の手をへて、伊那丸のからだを徳川家へ売りこもうとした晩、小幡民部に計略の裏をかかれて、沖の八幡船は焼打ちされ、かれじしんは、堺町奉行の手に召しとらえられてしまった。
その後、龍巻は、堺町奉行の牢をやぶって逃亡したが警戒がきびしいため、こんどは、紅がら色の帆をあげて北日本の海へまわり、長崎から往復する呉服船と見せかけて、海上の諸船や、諸港の旅人をなやましている。