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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

二

まだ戦いがあるのか――と思うとそうではない。

武田の士卒は、呂宋兵衛らのために森にいましめられていた善良の民を第一に解放し、衣なき者には衣をあたえ、財は家々へかえしてやり、宝物は寺にはこび返し、老人には慰安を、わかき者には活動を、女には希望を、子供には元気をつけてやる。

「オオ、あの旗じるしを見ろ、多宝塔の下にいるおん大将をおがめ、あれこそ、この土地のむかしのご領主、信玄さまのおんまご武田伊那丸さま――」

と、部落の民は、わかれた慈父にめぐり会ったごとく大地にぬかずくもの、おどって狂喜するもの、うれし涙にくれる者などさまざまで、さながらそこは、修羅暗憺の地獄から、天華ふる極楽の寂光土へ一変したような光景である。

一たび、めいめい、家へかえった百姓たちは、取ってかえしに、名主の狛家一族をせんとうとして、

「これを、どうぞおん曹子さまにさしあげてくださいませ」

「八車の米と十駄の粟は、ご陣屋の兵糧としてご使用くださいますよう」

「わたくしたち若いものは、なんなりと軍役をつとめますから、仰せつけねがいとうぞんじます」

と、兵糧軍用品を、車につんでひきこむかと思えば、家畜野菜をもたらしてくる者、あるいは労力の奉仕を申しこむ若者もあり、なかにはしおらしくも、まずしい一家がよろこびの餅をついて献納するなど、人情の真美と歓喜