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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

二

姿かたちは、だれともわからぬけれど、やはり蛾次郎と同じように、土台柱のしたへ一枚の蓙をしき、そこへじッと身をかがめたまま、しきりに、器の水へ布をひたして、目を洗っているらしい。

しばらくするとその影は、小布で目をおさえたまま、蛾次郎のいるのは知らぬようすで、

「ああ、困ったなア……」

ひとり惆然として、つぶやくのである。

「もう春にもなったし、目さえ見えれば、山のおくへでも海の果てまでも、たずねてさがしだすのだけれども……急にこの目が見えなくなってしまった、蚕婆の針にふかれて! あの吹き針に目をいられて――おいらはとうとう盲になってしまったんだ……」

見えぬのは目ばかりでなく、心も憂いの雲にとじられているのであろう。なんともいえぬ、悲哀のこもったつぶやきである。

「神さまッ……」

ガバと伏して、その影が合掌した。

「八神殿の神々さま! このお社にまつられてある神々さま。おいらはそれがなんという名の神さまだか知りませんが、どうぞこの目をなおしてください。神さまのお力で、針にふかれたこの目の痛みをとってください……」

こっちにいた蛾次郎は、オヤオヤ、という腰つきで、じッと聞き耳をたてている。