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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

なんともいいようがない。

「アッ――」

ふいに、彼女の唇を洩れたかすかなおどろき。

その眸のかがやくところをみれば、いまがいままでしどろもどろにみだれたっていた、穴山梅雪の郎党たちはひとりの武士の采配を見るや、たちまちサッと退いて中央に一列となった。

それは民部の立てた蛇形の陣。

咲耶子はチラと眉をひそめたが、にわかに右手の笛をはげしく斜めにふって落とすこと二へん、最後に左の肩へサッとあげた。――とみた野武士の猛勇は、ワッと声つなみをあげて、蛇形陣の腹背から、勝ちにのって攻めかかった。

そのとき早く、ふたたび民部の采配が、龍を呼ぶごとくさっとうごいた。と見れば、蛇形の列は忽然と二つに折れ、まえとは打ってかわって一糸みだれず、扇形になってジリジリと野武士の隊伍を遠巻きに抱いてきた。

「あッ、いけない。あれはおそろしい鶴翼の計略」

咲耶子はややあわてて、笛を天から下へとふってふってふりぬいた。

それは退軍の合図であったと見えて、いままで攻勢をとっていた野武士たちは、一どにどッと潮のごとく引きあげてきたようす。が、民部の采配は、それに息をつく間もあたえず、たちまち八射の急陣と変え、はやきこと奔流のように、追えや追えやと追撃してきた。