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しんしゅうてんまきょう
神州天馬侠
吉川 英治
「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页
朱柄の槍を持つ男
一
朱柄の槍を持つ男
一
雲の明るさをあおげば、夜はたしかに明けている。しかし、加賀見忍剣の身のまわりだけは、常闇だった。かれは、とんでもない奈落のそこに落ちて、土龍のようにもがいていた。
「伊那丸さまはどうしたであろう。あの武士の群れにとりかえされたか、あるいは、六部の木隠というやつにさらわれてしまったか? ――そのどっちにしても大へんだ。アア、こうしちゃいられない、グズグズしている場合じゃない……」
忍剣は、どんな危地に立っても、けっしてうろたえるような男ではない。ただ、伊那丸の身をあんじてあせるのだった。地の理にくらいため、乱闘のさいちゅうに、足を踏みすべらしたのが、かえすがえすもかれの失敗であった。
ところが、そこは裾野におおい断層のさけ目であって、両面とも、切ってそいだかのごとき岩と岩とにはさまれている数丈の地底なので、さすがの忍剣も、精根をつからして空の明るみをにらんでいた。
「む! 根気だ。こんなことにくじけてなるものか」
とふたたび袖をまくりなおした。かれは鉄杖を背なかへくくりつけて、護身の短剣をぬいた。そして、岩の面へむかって、一段一段、じぶんの足がかりを、掘りはじめたのである。