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しんしゅうてんまきょう
神州天馬侠
吉川 英治
「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页
「毒だ! この魚にも、この飯にも、おそろしい毒薬がまぜてある。伊那丸さま、家康の心はこれではっきりわかりました。うわべはどこまでも柔和にみせて、わたしたちを毒害しようという肚でした」
「ではここも?」
と伊那丸は立ちあがって、塗籠の出口の戸をおしてみると、はたして開かない。力いっぱい、おせど引けど開かなくなっている。
「若君――」
龍太郎はあんがいおちついて、なにか伊那丸の耳にささやいた。そして、夜のふけるのを待って、足帯、脇差など、しっかりと身支度しはじめた。
やがて龍太郎は、笈のなかから取りのけておいた一体の仏像を、部屋のすみへおいた。そして燭台の灯をその上へ横倒しにのせかける。
部屋の中は、いちじ、やや暗くなったが、仏像の木に油がしみて、ふたたびプスプスと、まえにもまして、明るい焔を立ててきた。
龍太郎は、伊那丸の体をひしと抱きしめて、反対のすみによった。そして、できるだけ身をちぢめながら、じッとその火をみつめていた。プス……プス……焔は赤くなり、むらさき色になりしてゆくうちに、パッと部屋のなかが真暗になったせつな、チリチリッと、こまかい火の粉が、仏像からうつくしくほとばしりはじめた。