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しんしゅうてんまきょう
神州天馬侠
吉川 英治
「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页
「あ……」
と咲耶子は、その純真な叫びに、魂をつかまれてゆすぶられるように感じた。
「――砦のさいごを見とどけとうございます。咲耶子さまのおさしずについて、なろうものなら戦います。家康の家来大久保長安、あれはいま甲府の民を苦しめている悪い代官、その手勢とたたかうことは、父や兄妹の仇に向かうもおなじことです」
「…………」
「ねえ、咲耶子さま!」
「…………」
「つねに練りきたえている胡蝶の陣を組みましょう。ふだん武芸をはげむのも、こういう場合のためにではありませぬか」
「オ……」
「ここにいる残らずの者は、みな一ツ心じゃと申しております」
「オオ……」
その言葉を待っていた咲耶予の頬は、思わずしらず、感激のなみだが玉となってまろばった。
おなじ朝――時刻はそれより一刻半ほどまえのこと。
むろん、まだ夜は白みかけたばかり。
砦はゆうべの酸鼻な空気をおどませて、輝きのない朝をむかえていた。
伊部熊蔵や山掘夫どもや、あとからくりこんだ大久保の手勢は、みな、貝殻虫のように、砦の建物にもぐりこんで寝ているようす。
ただ城楼高きところ――下り藤大久保家の差物と、淡墨色にまるく染めた葵の紋の旗じるしとが目あたらしく翩翻としている。