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しんしゅうてんまきょう
神州天馬侠
吉川 英治
「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页
「卑怯ではない。わが身ならぬ、大せつなるおかたの一大事なのだ、勝負はあとで決してやるから、しばらく待て」
「いいのがれはよせ。その手は食わぬ」
「だれがうそを。アレ見よ、こうしているまにも、あやしい船が遠のいてゆく、まんいちのことあっては、わが身に代えられぬおんかた、そのお身のうえが気づかわしい、しばらく待て、しばらく待て」
「オオあの船こそ、めったに正体を見せぬ八幡船だ。して、小船にのこしたというのはだれだ。そのしだいによっては、待ってもくれよう」
「いまはなにをつつもう、武田家の御曹子、伊那丸さまにわたらせられる」
しばらく、じッと相手をみつめていた小文治は、にわかに、槍を投げすててひざまずいてしまった。
「さては伊那丸君のお傅人でしたか。今宵、町へわたったとき、さわがしいおうわさは聞いていましたが、よもやあなたがたとは知らず、さきほどからのしつれい、いくえにもごかんべんをねがいまする」
「いや、ことさえわかればいいわけはない、拙者はこうしてはおられぬ場合だ。さらば――」
ほとんど一足跳びに、もとのところへひッ返してきた龍太郎が、と見れば、小船は舫綱をとかれて、湖水のあなたにただようているばかりで、伊那丸のすがたは見えない。