轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
しんしゅうてんまきょう
神州天馬侠
吉川 英治
「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页
二
だが、見物は少々たいくつした。
築城試合も、じっさいに縄取りの早さでも腕競べしてくれればありがたいが、議論だけでは吾人には少しむずかし過ぎて肩がはるぞ、という顔つき。
ところが――。
そのあとですぐに、万雷のごとき拍手がおこった。
相州鎌倉地福寺の学僧、一刀流の剣の妙手として聞えた慈音という坊さんのすがたが見えたからである。
対手は?
心貫流の丸目文之進だろう。イヤ、吉岡流の祇園藤次だろう。なアに諸岡一羽なら慈音とちょうどいい勝負、などと衆人の下馬評からして、この方は活気が立つ。
思いきや、時にあなたなる西側の鯨幕をしぼって、すらりと姿をあらわした壮漢の手には、遠目にもチカッと光る真槍が持たれていた。
「笹の才蔵! 笹の才蔵!」
だれいうとなく喧伝した。
山崎の合戦で、敵の首が腰につけきれず、笹にさして実検にそなえたというので、可児というよりも、笹の才蔵の名のほうが民間には親しみがある。
すなわち、こんど秀吉のいいつけで、井上大九郎、真田源次郎と共に、わずか三人きりで豊臣家を代表してきた可児才蔵だ。
才蔵の槍は黒樫の宗旦みがき。抜き身である。水が垂れそうだ。