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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

「竹童、さわぐまい」

伊那丸は、周囲をはばかってこういった。

だが竹童、いまは、その声も耳にはいらなかった。かれはいつのまにか抱きとめていた蔦之助の手をもぎはなして、

「クロ! クロ! 咲耶子さん――」

われをわすれて雑鬧のなかを走ってゆく。

ところが、ここにまた。

かれと同じように、そのクロの名をよんで、右往左往にみだれ立った試合場のなかをかけめぐりつつ、手をふっている二少年がある。

ひとりは、さいぜん、村上賛之丞と築城問答をやってしゅびよくその鼻をへこまされた鼻かけ卜斎のお供、すなわち泣き虫の蛾次郎である。

「やアーい、やアーい」

蛾次はむちゅうだ。大さわぎだ。

クロはかれにも二無き親友である。

どこの溜り場にもぐっていたのか、かれはクロを見るやいな、目の色かえて、めくら滅法に試合場へおどりだし、

「おれのクロだ、おれのクロだ! やアーい、ちくしょうッ、やアーいッ、クロ!」

とどかぬものに飛びあがって、ひとりであばれまわっている。

と――同じように、

「あれ、あれ、あれ。あの鷲かえせ! あの鷲かえせ!」

と、訴えるごとく、泣くごとく、狂気になって叫んでいたのは、先つかた、躑躅ヶ崎の館の、かの源氏閣閣上において、咲耶子のために、その鷲をうばわれた浜松城の小さきお使番星川余一だった。