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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

二

「わしは敵でもなければ味方でもない。そうもうすおまえがたこそ、深夜に床下から忍びこんできて、ひとの家へなにしにきた!」

「やや、ここは蚕婆の家ではなかったのか――」

忍剣も小文治も、あまりのことにぼうぜんとしながら、そこに立ったひとりの人物を、そも何者かと、みつめなおした。

いまともした行燈を前にだして、しずかに席についたその男は、するどい両眼に片鼻のそげた顔をもち、熊の毛皮の胴服に、刻み鞘の小太刀を前挟みとなし、どこかにすごみのあるすがたで、

「あははははは、床下から戸まどいしてござったのは、さてこそ、伊那丸が幕下のおかたでござるな。なんにせよ、深夜の珍客どの、お話もござりますゆえ、まずそれへおすわりください」

いう声がら、容貌も、それは、まぎれもあらぬ鏃鍛冶の鼻かけ卜斎。

二

意外なおもいにうたれた忍剣と小文治の目は、つぎに部屋のなかをながめまわした。

ここは卜斎の書斎とみえて、兵書、武器、種々な鏃の型図面などがざったにちらかっており、なかにも一挺の種子島が、いま使ったばかりのように、火縄をそえて、かれのそばにおいてあった。

「いかにもご推察のとおり、われわれはいま雨ヶ岳を本陣としている、武田伊那丸さまの旗本でござるが、してそこもとは何人? またここはいったいいずこでござりますか?」