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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

と、駒をとめて、空をあおいだ咲耶子の声は、うらめしげであった。

「おお、雲は切れめなくいちめんになってきた。咲耶どの、もう駒をはやめてはあぶない、わしはここでおりますから、あなたは岩殿へお帰りなさい」

「いいえ、まだ富士川べりまでは、あいだがあります」

「いや、そなたが帰ってから、小角にとがめられるであろうと思うと、わしは胸がいたくなります。さ、わしをここでおろしてください」

「伊那丸さま、こんなはてしも見えぬ裾野のなかで、馬をお捨てあそばして、どうなりますものか」

いい争っているすきに、十間とは離れない窪地の下から、ぱッと目を射てきた松明のあかり。

「いたッ」

「逃がすな」と、八ぽうからの声である。

「あッ、大へん」

と咲耶子はピシリッと駒をうった。ザザーッと道もえらまずに数十間、一気にかけさせたのもつかの間であった。たのむ馬が、窪地に落ちて脚を折ったはずみに、ふたりはいきおいよく、草むらのなかへ投げ落とされた。

「それッ、落ちた。そこだッ」

むらがりよってきた松明の赤い焔、山刀の光、槍の穂さき。

ふたりのすがたは、たちまちそのかこみのなかに照らしだされた。