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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

二

なぜ? 血を水のごとくに見る荒武者が、やさしい琴の音などにすくまってしまったのだろうか。

中にまじっていた卜斎は、そういぶかしく思ったが、それをあやしむ彼自身が、すでに妙な錯覚にとらわれて、疑心暗鬼を眼底にかくしていたことを知らなかった。

ひとりこの時かまわずに、琴の音のする家のほうへかけだしていったのは、蛾次郎であった。

だが、かれの行動は、だれより勇敢といえるだろうか。それは問題としても、蛾次郎が来たままかけぬけていったのは、錯覚などを起すほどこまかな神経を持ちあわせていない証拠にはなる。

(いい間諜が行った)

というふうに一同は遠巻きにしてながめている。

みんなが見ている!

蛾次郎はヤヤ得意のようすだ。

ふりかえってニヤリと笑う。そして小高いところへのぼった。

雅人の住居でもありそうな茅葺の家、筧の水が庭さきにせせらぐ。ここは甲山の奥なので、晩春の花盛夏の花、いちじにあたりをいろどって、拭きこまれた竹の縁、塵もとめずにしずかである。

おくゆかしい萩垣根。そこから蛾次郎、鼻くそをほじりながら、背のびをしてのぞきこんだ。

「あッ、人がいら……」

しかり、人がいる。