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しんしゅうてんまきょう
神州天馬侠
吉川 英治
「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页
ああ、いけない。
甲館躑躅ヶ崎の詰侍が、すでに、ここの物音を聞きしって、そとをかためてしまったにそういない。
そして、ふしぎな火のはぜる音に、その原因をうたぐって、焼けあがるのを待っているのだろう。
館の側になってみれば、何千貫といっても多寡が馬糧で、焼いても惜しいものではあるまいが、でるにでられない蛾次郎と竹童こそ災難である。
どこへでも、一ヵ所、風穴ができて見ろ、こんがりとした二つの骸骨が、番士の六尺棒で掻き分けてさがしだされるのはまたたく間だ。
三
その高楼を源氏閣という。
三層づくりのいただき、四方屋根、千本廂、垂木、勾欄の外型、または内部八畳の書院、天井、窓などのありさま、すべて、藤原式の源氏づくりにできているばかりでなく、金泥のふすまに信玄が今川家から招きよせた、土佐名匠の源氏五十四帖の絵巻の貼りまぜがあるので、今にいたっても、大久保長安の家中みな源氏閣とよんでいる。
やはり、甲館の濠のうちで、躑躅ヶ崎七殿のうちの桜雲台千畳敷の広間の東につづいて建ってある。
さっき――といっても、わずかなまえ。
蛾次郎が竹童のいるのを知らず、ワラ小屋で幸福ないびきをかいていたころに、その源氏閣の上で、しのびやかに吹く佳人の笛の音がしていた。