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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

「意外なこともあるものじゃ。真実、勝頼公が世におわすとすれば、武田のご武運もつきませぬところ、若君のよろこびはいうもおろか、われわれにとっても、かようなうれしいことはないが……」

つぶやきながら軍扇をついて、ふかく考えているのは小幡民部である。しかし、加賀見忍剣や龍太郎やまた咲耶子にいたるまで、みなこの報告を天来の福音ときいて武田再興の喜悦にみなぎり、春風陣屋にみちてきた。

「京都へまいろう! そうじゃ、すぐ京都へまいってお父上にめぐりあおう!」

なかにも伊那丸は、おさなくして別れた父、なき人とばかり思っていた父――その父の存命を知っては、いても立ってもいられなかった。

「民部、わしはこれよりすぐに京都へまいるぞ、そしてお父上を小太郎山へおむかえ申さねばならぬ」

一刻のゆうよもならずと立ちあがった。

「しばらくお待ちあそばしませ」

いつも思慮ぶかい小幡民部、しずかに、伊那丸の裾へよって両手をついた。

「民部、そちはわしの孝心をとめるのか」

「なんとしてお止め申しましょう。若君のお心、そうなくてはならぬところでござります。しかしようお考えあそばせ、元来、徳川家には策士の伝言多く、虚言浮説は戦国の常、にわかにそれをお信じなされるもいかがかとぞんじます」