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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

まずそれまではご一身こそなによりの大事、かならず早まったことをなさらぬがようござる」

「お情け、かたじけのう思います」

正面にすわった僧形の貴人は、ことばすくなに沈んでいた。これ、はたして武田勝頼その人であるか否かは、あまりに、主客の対話がかすかで、にわかに判じがたいのである。しかし短檠の光に照らされたその風貌をみるに、色こそ雨露にさらされて下人のごとく日にやけているが、双眸らんとして人を射るの光があり、眉色うるしのごとく濃く、頬麗丹脣にして威のあるようす、どうみても、尋常人でないことだけはたしかである。

「とにかく、いちじこうなされてはどうであろう……」

晴季は、さらにいちだんと声をひくめて、

「嵯峨の仁和寺に、麿の親身な阿闍梨がわたらせられるほどに、ひとまずそれへお越し召されて、しばらくは天下の風雲をよそに、世のなりゆきを見ておわせ。そしてご武運だにあらば、機を待ってまたの大事をお計りなさるのがなによりの万全じゃ。……晴季はそう思うが、御意のほどはどうおわすの?」

「しごくなお計らい……いまの身になんのかってな我意を申しましょうぞ。よろずとも、よろしきようにお願いするばかりじゃ」