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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

に墨色にぬりつぶされ、ザアッ――という木の葉のそよぎとともに、雨か霧かしぶきか、なんともいえないしめッぽい水粒がもうもうと立ってきた。

とたんに、呂宋兵衛のからだは、邪法秘密の印をむすびながら、ヒラリと駕籠の屋根へ飛びうつっていた。あれよ! と眼をみはるまに、まッ暗になった両側の松並木の根もとから、サラサラサラサラ……という水音がしてたちまち滾々とあふれてくる清冽が、その駕籠をうごかして、呂宋兵衛を乗せたままツウ――と舟のように流れだした。

「魔人め。また邪術をほどこしたな」

「若君若君。これは呂宋兵衛の幻惑ですぞ、かならず、その手に乗って、おひるみあそばすな」

投げかけられた鎖をはらって、龍太郎と忍剣が、流るる駕籠をジャブジャブと追いかける、その時もうこの街道は、まんまんたる濁水の川となって、槍の折れや、血あぶらや、死骸がうきだし、ともすると伊那丸まで足をながされておぼれそうだ。

「ちぇッ、ざんねんだ!」

なにしろ水の勢いが、とうとうと足の運びをはばめるので、さすがの伊那丸も二勇士も、目前に仇を見、目前に父の駕籠を目撃しながら、どうしても追いつくことができない。