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しんしゅうてんまきょう
神州天馬侠
吉川 英治
「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页
と――伊那丸が、
「ごめん――」
と、目礼をして、まッ先に、白駒の金鞍にヒラリと乗る。つづいて忍剣と龍太郎、波に月兎の鞍をおいた黒鹿毛の背へヒラリとまたがって、キッと手綱をしぼり、たがいにあいかえりみながら、
「裾野以来、こうして馬上になるのは、久しぶりだなあ……」という風に微笑しあった。
やがて、まッくらな瀬田の唐橋、小橋三十六間、大橋九十六間を、粛々とわたってゆく一行の松明が、あたかも火の百足がはってゆくかのごとくにみえた。
蜘蛛の子と逃げ散る餓鬼
一
夜も昼も、伊勢の空は、もうもうと戦塵にくもっていた。
七万の兵をひきいて、滝川攻めにかかった秀吉は、あの無類な根気と、熱と、智謀をめぐらして、またたくうちに、亀山城をおとし、国府の城をぬき、さらに敵の野陣や海べの軍船を焼きたてて、一益の本城、桑名のとりでへ肉迫してゆく。
それが、天正十一年、三月上旬のことである。
春となれば、焼蛤の汐のかおりに、龍宮城の蜃気楼がたつといわれる那古の浦も、今年は、焼けしずんだ兵船の船板や、軍兵のかばねや、あまたの矢や楯が、洪水のあとのように浮いて、ドンヨリした赤銅色の太陽が、その水面へ反映もなく照っていた。