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しんしゅうてんまきょう
神州天馬侠
吉川 英治
「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页
「何代もまえから、甲府のご城下にすんでおりました。父は森右兵衛といって、お館の足軽でした。ところが、運わるく、長篠の合戦のおりに、父の右兵衛がとらわれたので、わたくしも、心ならず徳川家に降っていましたが、ささいなあやまちから、父は斬罪になってしまったのです。わたくしにとっては、怨みこそあれ、もう奉公する気のない浜松城をすてて、一日もはやく、故郷の甲府にかえりたいと思っているまに、武田家は、織田徳川のためにほろぼされ、いるも敵地、かえるも敵地というはめになってしまいました。ところへ、ゆうべ、伊那丸さまがつかまってきたという城内のうわさです。びっくりして、お家の不運をなげいていました。けれど、今宵のさわぎには、てっきりお逃げあそばすであろうと、水門のかげへ筏をしのばして、お待ちもうしていたのです」
「ああ、天の助けだ。子之吉ともうす者、心からお礼をいいます」
と、伊那丸は、この至誠な若者を、いやしい足軽の子とさげすんではみられなかった。いくどか、頭をさげて礼をくり返した。そのまに、筏はどんと岸についた。
「さ、おあがりなさいませ」と子之吉は、葦の根をしっかり持って、筏を食いよせながらいった。