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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

なにしろ、おいらは、これからいそがなくってはならない身だ。久しぶりでこのクロを、じぶんひとりで、ほしいままにのってかけるのだが、いまは、その翼の力さえなんだかおそい心地がする。

クロよ、ひとはたきにとんでくれ。

小太郎山へ、小太郎山へ。

三

右少将徳川家康、いつになく、ほころんだ顔をしている。ごきげんがよいのである。

常に、かれが気にしている秀吉が、近ごろメキメキとはぶりをよくして、一挙に桑名の滝川を陥し、軍をかえして北国をつき、猛将勝家の本城、北ノ庄にせまって、抜くべからざる勢力をきずき、北陸の豪族前田利家と仲をよくしたという間諜もあった。

で、はなはだ、かれの気色がうるわしくない。

どこかで秀吉がつまずけかし、と祈っているのに、その反対なうわさばかりが飛んできて、ここしばらくの間、かれの心を楽しませぬのであった。

しかし、きょうはいたって和らかい眉目である。

がんらい、家康という人、心のうちの喜怒哀楽を色にださない質である。いつも、むッつりと武者ずわりをして、少し猫背になりながら、寡言多聞を心がけている。ひじょうに狡猾で気むずかしく、腹ぐろい人相のようでもあり、ばかに柔和であたたかい相好のようにも見える。