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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

そのうしろ姿を見おくると、快川ははじめて、椅子をはなれ、

「左文次どの、おでなさい」

と合図をしたうえ、さらに奥へむかって、声をつづけた。

「忍剣! 忍剣!」

呼ぶよりはやく、おうと、そこへあらわれた骨たくましいひとりの若僧がある。若僧は、白綸子にむらさきの袴をつけた十四、五歳の伊那丸を、そこへつれてきて、ひざまずいた。

「この寺へもいよいよ最後の時がきた。お傅役のそちは一命にかえても、若君を安らかな地へ、お落としもうしあげねばならぬ」

「はッ」

と、忍剣は奥へとってかえして、鉄の禅杖をこわきにかかえてきた。背には左文次がもたらした武田家の宝物、御旗楯無の櫃をせおって、うら庭づたいに、扇山へとよじのぼっていった。

ワーッという鬨の声は、もう山門ちかくまで聞えてきた。寺内は、本堂といわず、廻廊といわずうろたえさわぐ人々の声でたちまち修羅となった。白羽黒羽の矢は、疾風のように、バラバラと、庭さきや本堂の障子襖へおちてきた。

「さわぐな、うろたえるな! 大衆は山門におのぼりめされ。わしについて、楼門の上へのぼるがよい」

と快川は、伊那丸の落ちたのを見とどけてから、やおら、払子を衣の袖にいだきながら、恵林寺の楼門へしずかにのぼっていった。