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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

肉体の生命が奇蹟的に無事だったかわりに、あの少年の精神に狂気が与えられたのではないか? 少女たちは虹の松原からめいめいの都へ帰った。

臥薪嘗胆の文字どおりに、伊那丸と一党の士が、ここ一年余に、生命を賭してきずきあげた小太郎山の孤城。そのただ一つの物から、再起の旗印を引きぬかれて、それに代る徳川家の指物が立ってからすでに半年。

天下は秋となった。

落寞とした甲山の秋よ、蕭々とした笛吹川の秋よ。

国ほろびて山河かわらずという。しかし、人の転変はあまりにはなはだしい。たとえば、いま甲府の城下を歩いて見ても、逢うものはみな徳川系の武士ばかりだ。

金鋲の駕、銀鞍の馬、躑躅ヶ崎の館に出入りする者、誇りはかれらの上にのみある。隆々と東海から八方へ覇翼をのばす徳川家の一門、その勢いのすばらしさったらない。

「おなじ武家に仕官をするなら、足軽でも徳川家につけ」

当時、浪人仲間でそういったくらい。

ゴ――ン、ゴ――ン。

彼岸にちかい秋の町を、鉦をたたいて歩く男があった。そのゴ――ンというさびしい音は、いま、甲府塗師屋町の四ツかどをでて、にぎやかで道のせまい盛り場の軒下をたどってくる。