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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

見ると、蛾次郎は、茶碗としゃもじを持ったまま、台の下へもぐりこんで、しきりにへんな目、しきりにかぶりをふっている。

「へえ、おりませんが」

「こまったやつだ……」

と、卜斎は舌打ちをして、

「おれは見ないのでよく知らないが、城内の仲間などのうわさによると、近ごろ、蛾次郎のやつめ、この馬場の近所で水独楽というのをまわし、芸人のまねをして、銭をもらっては買い食いをして歩き廻っているそうだが」

「ははあ……」

と、亭主ははじめて知ったような顔をして、台の下にかがんでいる蛾次郎をちょッと見た。

たのむ、たのむ、たのむよ後生だ。

蛾次郎は台の下で、飯つぶだらけな手をあわせて拝んでいる。と――その時、おりよく宮内が横から立って、

「卜斎どの」

と、声をかけてくれた。

「おお!」びっくりして――

「菊村どのじゃないか、あまり姿がかわっているので、少しも気がつかなかった。どうしてこの甲府へ?」

「でかけましょう、ご一しょに」

「おお、今夜は、わしの宅へきてお泊んなさい」

地蔵行者と卜斎は、肩をならべて、飯屋の軒をでていった。

蛾次郎は台の下からはいだして、

「アア天佑」

お茶をかけて、じゃぶじゃぶと四、五はいの飯をかッこみ、ころあいをはかって、ソッと戸外へ飛びだした。