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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

龍太郎が温情をこめて、不遇な女をなぐさめてやると、小文治もおととしの春、まだ自分が浜名湖の漁師小屋にいて、母の死骸をほうむる費用もなく、舟にそれを乗せて湖水に水葬したことなどを思いうかべて、まだ子をたずねる母、尋ねらるる子は、幸せであるように考えられた。そして、かれもともどもそんな気持をかんでふくめるように話して、女の一途な死を思いとまらせた。

やつれた女房は、感謝の涙にぬれながら、濠端をすごすごと去った。そして、ふたりの慰藉にはげまされて、これからは、まだ四ツのときに、伊勢もうでの道中ではぐれたきりの末の子をさがしだすのを楽しみにします――と誓うように首をさげていいのこした。

「さまざまだなあ、世の中は……」

うしろすがたを見送りながら、ふたりの勇士は、うるんだ眼を見あわせた。

すると、とつぜんうしろのほうから、わすれていた蛾次郎の声がして、そこへ馳けてくるが早いか、

「やい、独楽どろぼう、独楽をかえせ」

と、飛んでもない鼻息で、腕まくりをしてつめよった。

ああ、やっぱりこいつは低能だな。

小文治はそう思って苦笑した。

盲目、蛇に怖じず――人もあろうに戒刀の名人龍太郎と、血色塗りの槍をとって向こうところ敵なき小文治のまえに立って、泥棒よばわり、腕まくりは、にくむべき値うちもない滑稽ごとである。