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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

日もはやせっぱくしておることゆえ、すぐ出立させるがよい」

豊臣家の代表者として、御岳の兵法大講会に参加する命がくだって、可児、井上、真田の三士が大坂表を発足したのは、その翌々日のことだった。

山崎の合戦で敵の生首を笹にとおしてかけあるくほどはたらいて、笹の才蔵といいはやされた可児。

壮漢木村又蔵とならんで、加藤の龍虎といわれている井上大九郎。

それについていった真田源次郎というのは、ついこのあいだ信州から質子として大坂へきたばかりの田舎者、いたって無口で、年も他のふたりよりは若く、ながい道中も、ただむッつりとして歩いているが、秀吉の犀眼が、はやくも見こんでいるとおり、後年太閤が阿弥陀峰頭の土と化してのち、孤立の大坂城をひとりで背負って、関東の老獪将軍大御所の肝をしばしば冷やした、稀世の大軍師真田幸村とは、まったくこの源次郎だったのである。

だが、のちの大軍師幸村も、この時はまだ才蔵よりも大九郎よりも後輩であったし、上田城の城主昌幸の子とはいいながら、質子としてきている身分なので、なにかにつけて肩身がせまい。

大九郎は大酒家で、道中もときどき源次郎に世話をやかせてテコずらした。