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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

それこそは、伊那丸にとってなによりなものである。裾野の湖水へしずめて隠しておいた後、それが何者かに盗みさられて、呂宋兵衛の手で京都にはこばれ秀吉の手からふたたび伊那丸へ返ってきたのは、これ武田家再興の大願がなる吉兆か――と、かれはなつかしくそれをながめ、また、秀吉の好意を謝さずにもいられない。

二言三言、その礼をのべている時だった。なにごとか、にわかに、陣々に脈々たる兵気がみなぎってきたかと思うと、本陣へ京都からの早馬の急使がきて、秀吉に、時ならぬ急報をつげた。

いわく、

北国北ノ庄の柴田勝家、盟友一益の桑名の城危うしと聞いて、なお残雪のある峠の嶮をこえ、佐久間盛政を先鋒に、上部八風斎を軍師にして近江へ乱入し、民家を焼き要害のとりでをきずいて、作戦おさおさおこたりない――と。

その飛状を手にした秀吉は、あわてもせず、莞爾として、

「では残りおしいが、伊那丸どの、また会う機会もあるであろう。その宝物の御旗、その楯無の鎧が、かがやく日をお待ちするぞ」

「ご芳志、ありがたくおうけいたします」

「おお、それより小太郎山へお帰りあるは、途中さだめし多難であろう。