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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

おのれの首を投げる人

とにかく、春もくれかかる東海道の辻には、そのうわさが、なにかしら、人に無情を思わせた。

おのれの首を投げる人

一

すんだ笛の音が流れてくる。

鬼一管とか天彦とかいう名笛の音のようだ。なんともいえない諧調と余韻がある。ことに、笛の音は、霧のない月明の夜ほど音がとおるものだ。ちょうど今夜もそんな晩――。

そこは、白樺の林であった。

さらぬだに白い斑のある樺の木に、一本一本、あおじろい月光が横から射している。

笛がとぎれた時の、シーンとした静寂と冷気とは、まるで深海の底のようだ。けれど、事実はおそろしい高地なのだ。

小太郎山の中腹、陣馬ヶ原の高原つづき。

かの、伊那丸の留守をあずかる帷幕の人々、民部や蔦之助や小文治などが、天嶮を擁してたてこもるとりでの山。

笛は喨々とうむことなく、樺の林をさまよっている。やがて、そこに人かげがうごいた。見ればひとりの美少女である。長くたれた黒髪に、蘭の花をさしていた。

その人かげのあとから、幾年も朽つんだ落葉をふんで、ガサ、ガサと、歩いてくる者があった。小具足をまとった武士である。

七、八本の槍が、月光をくだいてギラギラとした。