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しんしゅうてんまきょう
神州天馬侠
吉川 英治
「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页
ふもとから野呂川の渓谷いったいは、大久保長安の手勢がギッシリ楯をうえていて、いかに無念とおもっても、疲れきった六人の力で、それがどうなるはずもないのであった。
しかし、伊那丸はわりあいに力をおとさなかった。自分の落胆や失望が、どれほど忠節な人々の胸に反映するかをよく知っている。
「よし、しばらく小太郎山は大久保家へあずけておこう。そして自分たちが次の乾坤一擲にのぞむ支度のために、一両年、諸国を流浪してみるのも、またよい軍学修業ではないか」
こういって、小太郎山をすてたのである。いや、数年のあいだ、かりに敵手へあずけて別れ去る心であった。
旅の途中で、煙草畑に葉をつんでいる少女に会った。少女はついこのあいだ、緋おどし谷から里へ帰ってきた胡蝶陣のなかのひとり。
その少女のはなしで、前後の事情、うらぎり者の毒水の詭計、咲耶子のはたらいたことまたそのために捕らわれとなったことなど、すべて明らかに知ることができた。
ただ一つ、わからないのが竹童のゆくえ。
これには、伊那丸もいたく心をいためたが、いまは落人どうような境遇の公然とふれをまわしてたずねることもならず、いつか、旅路の蛍ぐさに露のしとどに深くなる秋を知りながら、まだもって、その消息の一片も知ることができない。