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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

二

さいわいに風がない。

小屋をぬいた炎の柱はボウーッとまっすぐに立って、斬りつ斬られつ、みだれあう黒い人かげの点在を見せる巨大な篝火のごとく燃えている。そして、ほかの建物へもさいわいと火がはってゆくようすも見えない。

「曲者だぞ、曲者だぞ」

「火事だ、出火だ」

「出合え! 出合え!」

詰侍の部屋や長屋にいる常備の武士を、番士は声をからして起しまわる。たちまち、物の具とって馳けあつまる敵はかずを増すばかり。

殷々たる警鼓の音、ごウーッとふとい炎の息、人のさけび、剣のおめき、館の東西南北九ヵ所の門は、もうひとりも生きてはかえすまいぞと、戦時にひとしい非常の固めがヒシヒシと手くばりされた。

すると。

その一方の土手むこう、外ぼりをへだてた城外の柳のかげに、耳に手をかざして、館のなかの騒音をジッと聞いている者がある。

夜な夜なこの外城の隙をうかがっていた木隠龍太郎と巽小文治のふたりだ。

「はて、ふしぎだのう……」

「内部の者があやまって、火災を起してうろたえているのだろう」

「いや、それだけのさわぎではないようだ」

「じゃア、何者か、われわれの仲間のものが、咲耶子をすくい、また、小太郎山の雪辱をしに、斬りこんでいったのだろうか」