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しんしゅうてんまきょう
神州天馬侠
吉川 英治
「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页
「オオ、なんとしたことであろう」
あまりの口惜しさに、咲耶子はさらに再三再四、胡蝶の陣を立てなおして、応戦をこころみたが、こなたで焔の陣をしけば、かれは水の陣を流して防ぎ、その軍配は孫呉の化身か、楠の再来かと、あやしまれるほど、機略縦横の妙をきわめ、手足のごとく、奇兵に奇兵を次いでくる。
さすがの胡蝶陣に妙をえた咲耶子も、いまはほどこすに術もなくなった。精鋭無比の彼女の部下の刃も、いまはしだいしだいに疲れてくるばかり。
「それッ、この機をはずすな!」
「いずこまでも追って追って追いまくれッ」
「裾野の野武士を根絶やしにしてくれようぞ」
穴山の四天王猪子伴作、足助主水正、その他の郎党は、民部が神のごとき采配ぶりにたちまち頽勢を盛りかえし、猛然と血槍をふるって追撃してきた。
西へ逃げれば西に敵、南に逃げれば南に敵、まったく民部の作戦に翻弄されつくした野武士たちは、いよいよ地にもぐるか、空にかけるのほか、逃げる路はなくなってしまった。
と、咲耶子のいる丘の上から、悲調をおびた笛の音が一声高く聞えたかと思うと、いままでワラワラ逃げまどっていた野武士たちの影は、忽然として、草むらのうちにかくれてしまった。