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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

二

その一しゅん、舟も忍剣も石櫃も、たちまち湖水の波にそのすがたを没してしまった。

「ややッ」

おどろきのあまり、われを忘れて、伊那丸が水ぎわまでかけだしたときである。――なにものか、

「待てッ」

とうしろから、かれの襟がみをつかんだ大きな腕があった。

二

「小童、うごくと命がないぞ」

ずるずると、引きもどされた伊那丸は、声もたて得なかった。だが、とっさに、片膝をおとして、腰の小太刀をぬき打ちに、相手の腕根を斬りあげた。

「や、こいつが」と、不意をくった男は手をはなして飛びのいた。

「だれだッ。なにをする――」

とそのすきに、小太刀をかまえて、いいはなった伊那丸には、おさないながらも、天性の威があった。

あなたに立った大男はひとりではなかった。そろいもそろった荒くれ男ばかりが十四、五人、蔓巻の大刀に、革の胴服を着たのもあれば、小具足や、むかばきなどをはいた者もあった。いうまでもなく、乱世の裏におどる野武士の群団である。

「見ろ、おい」と、ひとりが伊那丸をきッとみて、

「綸子の小袖に菱の紋だ。武田伊那丸というやつに相違ないぜ」と、いった。

「うむ、ふんじばって織田家へわたせば、莫大な恩賞がある、うまいやつがひッかかった」