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しんしゅうてんまきょう
神州天馬侠
吉川 英治
「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页
「やッ、なんだ――」
と蚕婆と燕作が、飛びあがっておどろくうちに、才蔵は、すばやく間道のなかへ姿をかくして、下からあおむいて笑っている。
「おどろくことはない、天井うらに忍んでいたやつは、徳川家の菊池半助だ、これで隠密落としの禁厭がすんだから、もう安心。燕作、はやくこい!」
「じゃあ婆さん、あとはたのむよ」
と燕作もつづいてなかへ姿をけした。その足音が地の下へとおざかるのを聞きながら、蚕婆はすぐもとのとおり床板や蓆を敷きつめ、壁にかかっている獣捕りの投げ縄をつかむが早いか、いきなりおもてへ飛びだした。
「いやがった!」
かがりのような目を磨ぎすまして、あなたこなたを見まわした蚕婆は、ふと、七、八間さきの闇のなかで、なにやらうごめいている人影を見つけて、じっとねらった。
と――それはまぎれもなく、天井裏で膝を突かれた曲者が、小川の水で傷手を洗っているのだ。頭から足のさきまで、烏のように黒装束をした隠密の男、すなわち徳川家からまわされた菊池半助。
「おうッ!」
ふいに吠えるような蚕婆の声とともに、さすがは半助、足の痛手を忘れて、ポーンと小川を跳びこえたが、よりはやく、闇のなかを飛んできた投げ縄の輪が無残、五体にからんでザブーンと、水のなかへ捕りおとされてしまった。