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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

「あ!」

とおどろいたような声が、泉の亭のなかからもれ、池に面した塗り骨の障子がスッと開いた。

その部屋から、なかば身をさしだして、音のした池の面をながめたのは、館の菊亭右大臣晴季公で、そのまえには、さっきの僧のひとりが対坐し、ふたりの僧は、末のほうにひかえているらしかった。

「なんじゃ……」

晴季は微笑をふくんで、波紋のなかにしずんでいく魚のかげを見ながら、

「緋鯉であったそうな……ごあんじなさるまい」

こういって、またピシャリと障子をしめてしまった。

ところが――そのわずかもわずか、ほんの目ばたきするあいだに、泉のふちに立っていた呂宋兵衛のすがたが忽然と消えてしまった。いや、消えてしまったのではない。水遁の秘法をもちいて、泉殿の橋をわたり、いつのまにか、晴季や僧たちのいる室のどこかに忍びこんでいたのだ。

とも知らず――晴季は、障子を閉めてほッとしたもののように、また小声で、目のまえにいる僧形の貴人へ話しかけていたことばをつづける。

「いや、なにごとも時世時節……こうおあきらめがかんじんじゃ。あのような水音にさえ、はッと心をおくお身の上、さだめしおつらかろうとお察し申すが、またいつか天運のお恵みもあろうでな。