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しんしゅうてんまきょう
神州天馬侠
吉川 英治
「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页
胸や口のまわりには、田楽の味噌だの、黄粉だの、あまくさい蜜糖の粘りだのがこびりついていて、いかに、かれの胃袋が、きょう一日をまんぞくにおくっていたかを物語っている。
のみならず蛾次郎は、目のかたきにしている竹童にたいして、いま、大なる優越感をもっている。
「竹童のやつめ、さぞいまごろは、クロを盗られて、メソメソしているだろうな。まっ黒な富士の裾野で、まぬけな面をしているだろうな。
このおれさまはどうだ! 日本中クロを乗りまわしてきて、いまは、天子さまと同じ都の土をふんでいるんだ。九重の都をよ!
どうだい、蛾次郎さまの光栄は!
食べたいものをウンと食べたぜ。見たいものもウンと見たぜ。だからおいらは踊るのさ、踊らずにはいられないや。ワーーイだ、ワーーイ! ワイ竹童、ざまをみやがれ!」
こんな気分が、かれ蛾次郎の歌となり、舞躍となるのであった。
ところで、有頂天の蛾次郎が、いま、なんの気なしに林の中をおどってくると、なんだか、ぬらりとしたものが鼻の頭をなでたのである。
「おやッ?」
と思ってさわってみた。
どうも人間らしいのである。しかし、今晩は、とはいわなかった。