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しんしゅうてんまきょう
神州天馬侠
吉川 英治
「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页
一
「だれだッ!」
呼びかけると、ひとりの手から、黄色い閃光が三角形に放射された。
龕燈のあかりのなかに浮きたった少女のすがたをみると、
「おお、咲耶子さま――」
と、目礼して、武士たちは、樺の林をぬけてしまった。とりでを見張る番士たちである。
そのうしろ姿を、咲耶子はたのもしい思いで見おくった。ああして、寝ずに、夜なか、あかつきもこの要害を見まわっている人々の忠実さに感謝した。そして、まだこのとりでに雪のあるころ、山をくだって京都へ向かった伊那丸の上にも、どうぞ、この山のように無事があるように――と祈った。
咲耶子は裾野にいたころから、月の夜に笛をすさびながら歩くのが好きであった。この小太郎山にきてからは、ことに白樺の林に、ほのかな蘭の香のながれる道を、しずかに歩むのが好ましく、今夜も陣馬の搦手から、月にさそわれて、思わず夜のふけるのを忘れてしまった。
「おお、ひえびえとしてきた。二子山に見えた月が、もうあんなに遠い谷間にある。……あまり遅うなっては、さだめし、民部さまや小文治さまがおあんじなされているかもしれぬ……」
そう思いながら、それでもまだ、帰る道をむなしく歩いていくことはおしそうに、狛笛をとって、その歌口を湿しはじめる。