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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

三

さらにまた、その音をもとめるような一点の孤影が大空をめぐっていた。

雁か! 迷子のはなれ雁か!

いや、雁にしては大きすぎる。あの翼を見るがいい、遠いが、おそろしい力で風を呼んでいる。

クロだ! 鷲だ!

おお、されば小太郎山のとりでから、この躑躅ヶ崎の高楼にとらわれてきている咲耶子が、悶々として眠られぬ幽窓に、あの影をふと見つけて、狛笛の歌口に、クロよ、クロよ、と呼ぶ音であったろうか。

それとも、彼女が気をまぎらわすために吹いた笛が、ぐうぜん、しばらく行方の知れなかったクロの慕うところとなって、おぼえのある音色に、向こうからよってこようとしているのであろうか、いずれにしても、この音、あのかげ、おそらく天地に知る者のないことだろう。

と、思ったところが……である。

ちょうどその時刻、それまでは前後不覚であった馬糧小屋の蛾次郎の寝がおの上へ、草鞋の裏からはがれたような一かたまりの土が、しかも開いている口のあたりへ、グシャリと、落ちたものである。

いくら寝坊のおん大将にせよ、それで眼がさめないはずはなく、

「ゲッ、ペッ……」

と、寝ぼけながら、ジャリジャリする口をこすったが、ふいと天井をながめると、いっぱいな星が見えたので、あッと驚いて、さらにまた少し目をさました。