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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

「買ってもらいたいのは、ジャガタラの品物じゃありません。武田菱の紋をうった、りっぱな人間です。どうです、ご相談にのりませんか」

「な、なんじゃッ?」

「シッ……大きな声をだすと、殿さまのおためにもなりませんぜ。徳川家で、血眼になっている武田伊那丸、それをお売りもうそうということなんで」

「む……」入道はじッと郷士の面をみつめて、しばらくその大胆な押し売りにあきれていた。

「けっして、そちらにご不用なものではありますまい。武田の御曹子を生けどって、徳川さまへさしだせば、一万石や二万石の恩賞はあるにきまっています。先祖代々から禄をはんだ、武田家の亡びるのさえみすてて、徳川家へついたほどのあなただから、よろこんで買ってくださるだろうと思って、あてにしてきた売物です」

ほとんど、強請にもひとしい口吻である。だのに、梅雪入道は顔色をうしなって、この無礼者を手討ちにしようともしない。

どんな身分であろうと、弱点をつかれると弱いものだ。穴山梅雪入道は、事実、かれのいうとおり、ついこのあいだまでは、武田勝頼の無二の者とたのまれていた武将であった。

それが、織田徳川連合軍の乱入とともに、まッさきに徳川家にくだって、甲府討入りの手引きをしたのみか、信玄いらい、恩顧のふかい武田一族の最期を見すてて、じぶんだけの命と栄華をとりとめた武士