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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

「なんといわるる、ではそこもとが、苦心に苦心をかさねて写されたこの秘図を、おしげもなく、伊那丸さまへおゆずりなさろうとおっしゃるか」

「いかにも、これさえあれば、人穴城の要害は、掌をさすごとく、大手搦め手の攻め口、まった殿堂、櫓にいたるまで、わが家のごとく知れまする。すなわちこの一枚の図面は、千人の援兵にもまさること万々ゆえ、一刻もはやく、ご本陣へまいらせたいこのほうの志、なにとぞ、伊那丸さまへ、よしなにお取次ぎを」

「ああ、世は澆季でなかった」

と、忍剣も小文治も、胸をうたれずにおられなかった。

越前北ノ庄の鬼柴田といえば、弱肉強食の乱世のなかでも、とくに恐ろしがられている梟雄だのに、こんな美しい、情けの持主であろうとは、きょうまで夢にも知らなかった。――なんとゆかしい弓取りのよしみであろう。

そして、むろんこれはこばむことではないと思った。

さだめし、伊那丸さまをはじめ同志の人々がよろこぶことと信じて、そくざに、八風斎の願いをゆるし、雨ヶ岳の本陣へあんないすることを快諾した。

八風斎も欣然として、衣服大小をりっぱにあらため、獣皮につつんだ図面を懐中にいれ、ふたりのあとについて屋敷をでた。