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しんしゅうてんまきょう
神州天馬侠
吉川 英治
「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页
どれ、わしもそろそろ鞍馬の奥へ立ちかえろう」
「老先生、しばらくお待ちくださいませ。……もう一言うかがいますが、居士が身代りとなって逃がしたとおっしゃるその僧は、いったいどこへいったのでござりましょうか」
「おそらく、浮世の巷ではありますまい」
「と、すると」
「浄悪すべてをつつむ八葉蓮華の秘密の峰――高野の奥には、数多の武人が弓矢を捨てていると聞く」
と、謎のような言葉をのこして、果心居士は飄然と松のあいだへ姿をかくした。
幻滅の悲しみをいだいて、ぼうぜんと気ぬけのした伊那丸は、ややあってわれにかえった。そして、なお問いたいことのいくつかを思いだし、あわただしくあとを追って、老師! 老師! ――といくたびも声のかぎり呼んで見たけれど、もう春影の林間にそのうしろ姿はなく、ほろほろとなく山鳥の声に、なにかの花がまッ白に散っていた。
ああわからない、わからない。どう考えても伊那丸にはわからない。
果心居士の話しぶりでは、居士はすでに貴人の僧に会っているのだ。そして、自身がその身代りになり、桑名に護送されるまえに、どこかへ落としてしまったとおっしゃる。だのに、居士はそれが父の勝頼であるとは決していいきらない。