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しんしゅうてんまきょう
神州天馬侠
吉川 英治
「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页
その一点だけをどうしても打ち明けてくれない。
なぜだろう? ――ああさてはお父上には、居士が口をもらしたとおり、まったく弓矢の道をすてて、高野の道場にこもるおつもりなのか? ……そして浮世に未練をもたぬため、いさぎよく、わざとじぶんにも会わず、父とも名のらず、愛情のきずなを断って三密の雲ふかきみ山にかくれてゆかれたのであろう?
そう伊那丸はかんがえた。
お父上よ! お父上よ! ではぜひないことでござります。敗軍の将は兵をかたらずと申します。ひとたび天目山に惨敗をとられた父上が、弓矢をなげうつのご決心は、よくわかっておりまする。
甲山に鎮守して二十七世の名家、武田菱の名聞をなくし、あまたの一族郎党を討死させた責任をご一身におい、沙門遁世のご発心! アア、それはよくわかっておりまする! お父上のご心中、戦国春秋の常とはいえ、ご推察するだに、熱いなみだがわきます。
さあれ、伊那丸はまだ若年です。
伝家の宝什、御旗楯無の心をまもり、大祖父信玄の衣鉢をつぎ、一片の白旗を小太郎山の孤塁にたてます。
われに越王勾践の忍苦あり、帷幕に民部、咲耶子、蔦之助あり、忍剣、龍太郎の驍勇あり、不倶戴天のあだ徳川家を討ち、やがて武田再興の熱願、いな、天下掌握の壮図、やわか、やむべくもありませぬ。