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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

「では、ごめんを」

屈み腰にツツとさがった老臣の伊東十兵衛は、袴のひだをつまみあげ、いま、殿のお室にはいる時は、脇部屋のそとにのこしておいた手槍を持とうとして、そこを見ると、あるはずの槍がない。

ガラガラガラと妙な音があなたへ馳けてゆくのに、戸まどいをした目をそらすと、見当らないはず、長廊下を向こうの方へ自分の槍が引きずられてゆく。

「ちッ、いたずら者め!」

腹立たしげに、舌打ちをして追いかけると、それを持っていた三太郎猿は、手をすべらして庭先へ槍を落としたので、十兵衛の方をふりかえると、ケン! と人を茶にした奇声を発しながら、萩の袖垣から老梅の枝へと、軽業でも見せるように逃げてしまった。

ところへ、白刃をさげて、表木戸の方からここへ馳けてきた侍が、

「お――こりゃご家老のお槍ではございませぬか」

ひろいとって庭先から手わたしてやると、

「ウム、伊部熊蔵か。よいところへきてくれた」

と、十兵衛、手みじかに石見守からいいつけられたことを話して、

「表の方も気がかりになるが、咲耶子をにがしては浜松城のほうへいいわけが立たんことになる。なにを打ちすてても、すぐ腕利きの若侍をつれて、源氏閣の上へかけつけてくれい」