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しんしゅうてんまきょう

神州天馬侠

吉川 英治

「少年倶楽部」1925(大正14)年5月号~1928(昭和3)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 511,765 字 · 1011 页

青空文庫

「あッ、ここは徳川家の陣地だな」

竹童はびっくりして、あわててそこを立ち去ろうとしたが、見ると! そこから数歩向こうに、この人なき陣幕のうしろにかくれて、あやしげな黒衣の男が、じっと立ちすくんでいるのを見た。

何者だろう?

そしてなにをしているのだろうか。

おそろしく背丈のたかい男である。裾までスラリとくろの帯なしの服の着ながし、胸には、ペルシャ猫の眼のごとくキラキラ光る白金の十字架をたらしている。そして、祈るがごとく、口を閉じ、眼をふさぎ、指で印をむすんでいる。

「やッ、呂宋兵衛だ」

あぶなく、喉をやぶってでそうな声を、竹童は自分の手で自分の口をおさえた。

「やつめ、あんなところで、なにをしているのだろう? ……おおあのおそろしい顔はどうだ。あの他念のない形相をする時は、いつも、呂宋兵衛がとくいの南蛮流の幻術をやるときだ」

身をひそめながら、かれの眼はらんらんとその不解な疑惑にむかって、錐のごときするどさを研ぎすましてきた。

読めた!

かれの心臓は、ドキッとしめつけられたようなあえぎをうつ。

さては、もしや?

怪人呂宋兵衛がこの幕のうらにしのんでいて、石見守と腹をあわせ、かれ一流の邪法をおこなって、試合場に一道の悪気をおくり、衆人の眼をげんわくさせているのではないかしら?